今日清戦争周りの歴史について勉強しているが、この朝鮮を巡っての戦争とその世界情勢が現代日本の中でどう生かせるのか、という事について何も出てこない。発展途上国を支援しようとする国が対立する、と言う意味ではシリア情勢と重なる部分もあるかもしれない。日本と清国の関係は日清戦争から、対華21ヶ条の要求でただれてしまった。取らないなら他の国に取られる、そんな世界情勢の中で、日清関係をただれさせない選択肢があったのかと思うと疑問だし、歴史のディティールの中には、様々教訓になりそうなところはあるんだろうが、日清戦争の背景や概要などを人生の中でどう生かすかという事については、今の自分の能力では無理だと感じる次第だ。
改めて歴史の勉強の意義を考えてみると、今の自分の課題に合った本を探し、それがビジネス書、自己啓発、著者の経験談を語るものであれば、それも歴史かもしれない。今現在見えている課題が明確であれば、それに合ったものを読んで実践に活かしていく、という事が勉強のもっとも意図するところであると思う。
では、日本史や世界史、過去起こったことを時系列でみていくことで何が見えるのか、改めて考えてみた。
1、先人に作られた平和に感謝
2、建国やその国の歴史を知ることで人間を知る
一つは、多くの人の命の上に今の平和があり、先人に感謝する事が出来る。
植民地になった国は、中世だと奴隷で人として扱われなかったし、インドやカナダなど自分と関係ない国の戦争に巻き込まれて亡くなった方もいる。アメリカも独立戦争、南北戦争と多くの死者を出している。ヨーロッパも悲惨だ。
日本は植民地にならなかったが、危険因子と見られたことが起因し、太平洋戦争が発生、200万人の日本人方が亡くなった。その前時代でも江戸時代は260年間平和だったが、戦国時代は戦い続けた。
帝国主義の時代であれば、国の利益、経済を強化するためにはむかう植民地の反乱は叩く。国を守るため、国の利益を守るために戦わなければならなかった。帝国主義の時代がついに終わった。
外交が問題なくても、貧困が強ければ、治安も悪くなり、反乱も起きやすい。格差が開いているとはいえ、ブラジルの様に道端歩いていたら若者に狙われる、という事も比較的少ない。何て素晴らしいことか。
漫画ベルセルクで言うと、グリフィスが王様になるために、幾多の屍を積み上げていく必要があったが、私たちは、平和を手に入れるために、多くの方の命によって成し遂げられた平和を満喫出来ている。
2つ目は、人を知る、という事。日本がどうやってできたのか、どういうプロセスを経て、今の仕組みが出来上がったのか、という事を見ていくことで自分のアイデンティティの根源が分かる。自分や周りの常識になっていることを見つめ直すことが出来る。
隣国であれば、衝突の歴史を見ていくことで、藩地に感情がこうして作られていき、その文化の中で育った隣国の方は、日本を憎む人もいるかもしれない(個人的には、関係ないと思う人が多いと思うが)。
ヨーロッパの歴史を見ると、やはり、世界の中でも先進的で、優性思想があってもおかしくはない。日本人にはあまりない感覚の様に思うが、自分と違う目線がある、という事を知ることは役に立つはずだ。多様性を受け入れることが必要な時代、前提の根源的なものを知ることは、受け入れやすくなる理由になると考える。
と、整理をしてみて、すぐに役立つものでもないため、歴史の勉強は楽しいだけでいいのかもしれないと思い始めてきた。