マッカーサー率いるGHQは1945年10月2日東京に総司令部が設置され、1952年サンフランシスコ講和条約が締結するまで駐留しました。
こちらの動画でも解説しておりますのでよろしければご視聴下さいませ。
役割としては、一時的に日本政府を通して統治し、変革することで、日本を戦争できない国にすること。
そのための政策としては、
五大改革指令として、
・秘密警察の廃止
・労働組合の結成
・婦人の解放
・教育の自由化
・経済の民主化
を実行せよと指令しました。
秘密警察の廃止
軍国主義の中、言論統制がひかれ、戦争反対や、政府に異論を唱える者は捕えられた。思想や発言の自由を与え、弾圧されていた共産党員を開放し、芸事を奨励するなどすることで、軍国主義、独裁、を封じ込めて、民主主義を作ろうとしていたのです。
労働組合の結成
また、戦争が起こったのは、色々な国から制裁を受けたのもあるが、不況になり、日本の内需が不足したからだ、という事で、労働組合を作り、労働者の給料が増えるような状況になれば内需が拡大し、資源や内需を求めて、戦争をしに行く事もないだろう、という想定だったと考えられます。通常業界ごとに労働組合は出来るようですが、日本の場合は、企業ごとに出来たことも成長の要因となっていて、企業と従業員が一緒になって、会社を良くしながら、給料も上がっていったのです。
婦人の解放
もともと、婦人参政権はありませんでした。男女同権となり、婦人にも参政権が与えられて、1946年には初めての女性議員が誕生しています。また、任命制の貴族院があり、任命制ではなく、選挙で選ばれる参議院になりました。男性が強く、女性が弱いのではなく、男女平等にするために、女性に強くなって貰う、女性は戦争したくなかった。そのため、女性の民意が反映されれば、戦争に向かいにくくなるのではないか、と考えたと想定できます。
教育の自由化
戦前の日本では、天皇を神とあがめ、愛国主義を植え付け、戦争することは善だ、という世論形成がされておりました。政教分離で、政治と宗教が分離し、教育でも宗教の押し付けをなくしました。また、天皇に、「私は人間です」と言わせることで、天皇は神様という考えを改めさせました。
加えて47年から義務教育が3年間延長されることになりました。
経済の民主化
戦時中の国の財源の1つに財閥がありました。財閥と軍部が手を組み、中国に進出したことが、この大戦の原因で、財閥を解体することが必要だと考えたのです。解体され分社化していきましたが、アメリカも日本の仕組みなどを分かっていないため、解体も不十分で、分社化された子会社は、GHQがいなくなると共に、再度合併などしていきました。
五大改革ともう1つ、1947年に農地解放、農地改革を行いました。
大地主がたくさんの土地を持っており、小作人がたくさんいる状況でありましたが、この状況は、投資を呼び、また、財閥のように軍部と繋がる可能性もある。そこで、農地を開放し小作人に分け与えました。このことで、大地主がいなくなり、小さい畑を持つ農家が増えたため、企業経営的な農家が少なく、設備投資できなかったり、後継ぎがいないなどの問題が発生しています。