ユダヤ人は、イエスキリストを殺した、という事で、迫害されてきました。処刑しろと指示を出したのは、国とか役所だから本当は関係ないのに、ユダヤ教を弱めてキリスト教の布教に必要だったから、という理由も一因ではと推測しています。シェイクスピアの作品にも反ユダヤ思想がたくさん盛り込まれていて当時のヨーロッパでは当たり前なことだったのでしょう。
ナチスドイツがホロコーストと言うユダヤ人の大量虐殺をしました。シャワーを浴びようと言ってガス室に連れて行って一気にガスで殺したり人体実験に使ったとかしたそうです。 ローマにはバチカン市国というカトリックの総本山と呼ばれるキリスト教国家があります。
ナチスドイツがやっていたユダヤ人迫害について、ローマ法王が「それをするな」と言うだけで数百万のユダヤ人が死を免れただろう、とラビというユダヤ人の指導者が語っています。 今ではローマ教皇は中立の立場を取る、という姿勢を示していますが、この頃の教皇のピウス12世はそれが出来なかったと反省しています。
その頃の政治事情を見ていければと思います。 1930年ごろのドイツ、ヒトラーのナチ党があり、まだ小さい政党でした。それに対立する様にドイツ中央党がありました。ドイツ中央党はカトリック教徒の政党でした。ヒトラーが首相になる前は、ドイツ中央党のカトリック教徒のパーペンという人が首相でした。
ここでローマ教皇のピウス11世が出した考え方で、共産主義は良くない。行き過ぎた個人による自由主義も良くない、という考え方に共感したパーペンと、ナチスが近づいて、パーペンがヒトラーを首相にするように尽力したんですね。
カトリック教徒は、ナチ党になってはいけないと言われていたのが、解消されます。交換条件として、ヒトラーはキリスト教徒弾圧しないと約束しました。そして、ヒトラーが首相になり、独裁体制を取ったのです。 しかしその後、キリスト教徒の運動を禁止したりキリスト教を弾圧しました。
第二次世界大戦になると、バチカンとナチスの対立は沈静化しました。そしてドイツがソ連に侵攻すると、ローマ教皇のピウス12世は、(2年前に教皇になったばかりの人でした)この人は、ソ連に侵攻したことをキリスト教文化を守るための高潔で勇気ある行為と評価したのです。
共産主義とナチスを比べたときに、共産主義の方が良くないからナチスを支持する。ナチスに反抗するとユダヤ人の様に自分たちも迫害されてしまうかもしれない、そう思ったのかもしれません。 武力がないと中立にも立てない。自分たちを身を守るためだったかのか、一般化されていた迫害思想を持っていたのか分かりませんが、ローマ教皇は迫害を止められなかったと反省して、その様な文書を2000年の3月に出したようです。